2011年6月15日水曜日

イスラーム的 結婚について 

http://www.geocities.jp/sarah_masr/marriage.htm
http://islaam.ninja-x.jp/marriage.htm

以上のサイトから。(詳しくは↑↑へ訪問して読んでくださいね。)

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結婚について

ムスリムにとって結婚は重要な問題です。聖法シャリーアにはマンドゥーブ(実行することが望ましいこと)として結婚が挙げられています。男性はユダヤ教徒、キリスト教徒との結婚も許されますが、女性はムスリム以外とは許されません。社会的な契約という側面が強く、両親や親族の間で諸条件が決定されます。それに反した場合の離婚は当然で、社会的にも容認されている…そうです。

「ムスリムになると4人の妻が持てるんですよね」と興味津々にわたしに聞く人も少なくはないです。確かにクルアーンには妻を4人まで持つことができる、とは書いてあります。が、しかし残念ながら実際には1人の妻の人が圧倒的に多くて、複数というのは少ないです。特に4人の妻がいるなんて人はわたしは今まで聞いたことがないです。現在ではそれは非常に稀です。経済的なことも含めて、一人の男性が4人の女性を全員平等に扱うなんてことは人間には不可能なことです。また、ムスリムの好色がその源になっているという説は完全な誤解です。

4人の妻を持てることが啓示される前、ウフドの戦いというのあって、ひどく負けてしまったため、多数の未亡人と孤児が出ました。そこでムハンマドは次のようにアッラーの言葉を告げたのです。「おまえ達が孤児を公正に扱いかねることを心配するなら、気に入った女を2人なり3人なり、あるいは4人なりを娶れ」 つまり、戦争未亡人の救済が本来の目的だったのです。また、娶った妻は平等に扱うべきことも併せて述べています。
これはわたしの意見ですが、「娶った妻は平等に扱うべき」というのは、「人間が複数の妻を平等に扱うことは不可能だから、1人だけにしなさい」ということではないか、と思っています。

また、現代では増えつつありますが、恋愛結婚はめずらしい。幼少時から男女は隔離されている上に、結婚は親族の話し合いで決定されることが原則だからです。血縁が濃いことが喜ばれるので、いとこ婚が多い。地域によっては、女性は父方のいとこから結婚を求められたら、特別な理由がない限り断ることができないという習慣が定着しているところもあるようです。これはあくまで地域の習慣であってイスラームの教えではありませんが。
婚約が成立してからようやく2人の交際が許されるというのがエジプト、アラブの交際の仕方です。ですので、『結婚を考えずにただ付き合う』という現代日本や欧米のような付き合い方はエジプトでは基本的にはない、ということです。わたしは一体なんなんだ、という感じですが。

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イスラームでは、『結婚は信仰の半分である。』と言われているほど、可能ならば結婚することが求められてます。それは、婚姻外交渉を犯す過ちを避け、社会の安定を保つためでもあります。

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幸せをもたらす三つとは・・・

見ると尊敬の念を抱けるような高潔さを持ち、
あなたの留守中でもあなたの名誉や財産について信頼できる女性、

友に会いに行ったり、ついてゆくことのできる良い馬(乗り物)、

よく整った広い家 

である。



不幸を招く三つとは・・・
見ると嫌気が差し、あなたのことを悪い言葉で傷つけ、
あなたの留守中にあなたの名誉や財産について信頼できない女性、

あなたの思い通りに進まない悪い馬、
友に会いに行ったり、ついてゆくことのできない馬、

整っていない窮屈な家、

である。
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男性の配偶者として許されるのは、イスラーム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒のいずれかである女性
女性の配偶者として許されるのは、イスラーム教徒である男性


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あなたがたがよいと思う2人,3人または4人の女を嬰れ。だが公平にしてやれそうにもないならば,只1人だけにとどめておきなさい。




只1人だけ

地球上のあらゆる宗教書の中で、「只1人だけと結婚しなさい」 という言葉があるのはクルアーンだけです。


バラモン教の聖典ベーダ、ラーマーヤナ、マハーバーラタ、ヒンドゥー教のバガヴァッド・ギーター、ユダヤ教のタルムード、キリスト教の聖書のいずれも、妻の数を制限する文字はありません。これらの書に従うと、男性は好きなだけ妻を持つことが出来るのです。

ヒンドゥー教やキリスト教会が妻の数を1人に制限したのは後世のことです。

ヒンドゥーの聖職者の多くが、聖典に従って、多数の妻を持っていました。ラーマの父であるダシャラタ王は複数の妻を持っていましたし、クリシュナにも複数の妻がいました。

初期の頃は、キリスト教徒の男性は好きなだけ妻を持つことが出来ました。聖書が妻の数を制限していないからです。今から数世紀前になって、教会は妻の数を1人に限りました。

一夫多妻はユダヤ教で認められています。タルムードの法により、アブラハムには3人の妻がおり、ソロモンには数百人もの妻がいました。ラビ Gershom ben Yehudah (~西暦 1030 年) が禁止するまでその慣習は続きました。ムスリムの国々に住むユダヤ人コミュニティーの人々は1950年までそうでした。複数の女性との婚姻関係を禁止するイスラエルのチーフ・ラビ法令がその地に及ぶまでです。


1975年に発行された "イスラームにおける女性の地位委員会" の報告書66-67ページには、1951年から 1961 年の一夫多妻婚の割合が載っています。ヒンドゥー教徒では 5.06%、ムスリムでは 4.31% でした。

インドの法律では複数の妻を持つことが許されているのはムスリム男性だけです。つまり、インドでは非ムスリムが複数の妻を持つことは不法です。不法であるのに、ヒンドゥー教徒はムスリムよりも複数の妻を持っているのです。始め、ヒンドゥー教徒の男性に許される妻の数に制限はありませんでした。1954年にヒンドゥー結婚法が採択されてから、ヒンドゥー教徒が複数の妻を持つことは不法になりました。現在ヒンドゥー男性に複数の妻を持つことを禁じているのはインドの法であり、ヒンドゥーの聖典によるのではありません。

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女性の尊厳

先に触れましたように、日本や欧米諸国では不倫や非嫡出子の問題があります。そのような関係にある女性や子どもには概して正当な権利が与えられません。既婚男女が恋人を持つことは、精神的にも社会的にも道徳の面でも、良い結果を生まないどころか、大きな損失の元です。

イスラームでは、条件付の多妻を認めることで、女性の尊厳を守り、権利を保障しています。


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イスラームの教えには全人類の平等があります。男女も平等です。
しかし男女は、だからこそ、「男」「女」という区別があるのですが、肉体的にも精神的にも異なったものとして創造されました。役割が異なっても自然な事と考えられます。

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2 件のコメント:

アーデル さんのコメント...

アッサラーム・アライクム
自分の家内は日本人ムスリマです。でも、自分と結婚したいからムスリマになったわけではありません。
あくまでも、本人が選んだことです。
自分の家内はある意味すごい頑固で、しかもすごい宗教嫌いでした。
確かに自分はイスラームについて説明しましたが、最初は話も聞いてくれませんでした。
最後はインシャーアッラーで、お祈りしました。その後、話を聞いてくれるだけでいいと言ったら、話だけ。と聞いてくれました。数日後、自分から信仰告白しました。アル ハムドゥ リッラー(^^)
そうですね。イスラームは本当の意味で男女平等ですね。
イスラームの入り口まで来ている人々がイスラームの真実に接する事ができますように。
アーミーン

Africious さんのコメント...

アーデルさん

ワアレイクム サラーム。

私も、はじめてのデートで、旦那から”神様信じてる?”って言われた時は、もう、引きました。笑
でも、彼のまっすぐなイスラームに対する姿勢と、無理やり適なこともなく、とても自然に、話を聞けて、自分から興味を持ち、イスラームを学び、納得できたので、ムスリマになりました、ムスリマである友人のお宅で。
本当に、私は、まだまだ、ムスリマとしての行為には足らないですが、これからも、学んでいきます。
イスラームお出会ったことで、考え方も見方も、価値観も良いように少し変わってきたように思います。大好きだった、お酒、タバコもバイバイできたし。ノンムスリムだった以前までは、お酒飲んでhあ公開して、タバコやめたくてもなかなかやめれなかったけれど。アッラーが与えてくれた、健康を無駄にする自分がおろかに感じるようにもなったので。
感謝の気持ちを忘れないよう、また、女性らしくありたいtも思うので。

イスラームの入り口まで来ている人々がイスラームの真実に接する事ができる事、願います。
インシャアッラー。
アーミーン。